巻頭言
臨床評価 2000; 28(1): 1-3 より
 ICH GCPの発効と運用は、わが国の臨床試験、およびそれに関わるデータマネジメントに新たな枠組みを与えようとしている。コントローラー 制度、すなわち、第三者が、第一者である「研究班」と製薬企業が運営する臨床試験を計画段階からデータの固定段階まで監視し、しかも 臨床データマネジメントを運営するという、わが国独自の先端的外部品質保証制度は、国内の制度疲労による見かけ上の第三者といった 矛盾と国際化への対応という中で、すでに歴史的存在となった。一見、従来のコントローラ制度は、試験アドバイザーに形式的に変化した だけに見えようが、新薬申請用の臨床試験データを供給する側、すなわち、「第一者」に組み込まれたアドバイザーには、「外部品質保証」 の担保は望めない。このような状況で、薬のユーザーおよび、ユーザーに代わって新医薬品候補物質の審査を行う当局は、提出された 「データ」を何によって信用できるものと判断すれば良いのであろうか。

 ICH GCPには、これに対して「品質システム」の構築とその監査という、明白に「品質保証」のグローバルスタンダード、ISO9000シリーズの 影響が垣間見える。しかし、「品質システム」とは何か、そもそも「(外部)品質保証」とは何かということも、ICH GCPの中では漠然と語られている だけである。この点については、試験実施の責任を有する製薬企業が組織的に臨床試験とそのデータマネジメントに関する新たな外部 品質保証システムを設計し、適切に導入することが望まれているようである。コントローラー委員会も、5年前から今回の特集に含めたような ISO9000や試験所認定制度に関する内部勉強会や、審査登録機関、認定機関との意見交換などを行ってきた。

 一方、製薬協を中心に、GCPへのISO9000の枠組み導入の研究は着々と進展している(原・他,1996a1),1996b2) ,石田・他,19973))。臨床データマネジメントとISO9000の関係を意識し体制構築を提言する専門書籍(植松編,1999 4))も出版されるに至った。これらの研究は同時期に出版されている海外の専門書(McFadden,19985))よりは、 明らかにISO9000の理念に踏み込んだものであった。そして、ついに昨年、世界に先駆けてわが国のCRO,MOSSインスティテュートが、英国の 審査登録機関よりISO9001の認証を取得した。これは、臨床データマネジメントに関する品質システムが実際に構築され、正式な資格を有する 審査員によって、その適合性が認められたという意味で理論が「現実」になった瞬間であった。



 一方、臨床試験を超えて医療分野一般への品質マネジメント導入の動きも、国際的に急ピッチで進んでいる。米国が1999年から品質マネジメント の観点から優秀な医療活動を国家として表彰する制度を導入している(スウェーデンも追随している)。わが国でも、1999年の品質月間に、東北 大学大学院医学系研究科国際保健学分野の上原教授による「医療と品質管理」6)というテキストが出版された。このテキストは 次のような構成である。

  1.初めに
   1.1 システムとして質を保証する
   1.2 「確実な医療」と「あたたかい医療」
  2.日本的品質管理と病院医療
   2.1 質の保証
   2.2 医療が品質管理に学ぶこと
   2.3 日本的品質管理の哲学と病院医療
   2.4 標準化と医師の役割
  3.日本の病院QCサークル
  4.日本的品質管理の欧米医療への展開
  5.TQMへの発展

 さらに2000年9月23日には、QC側からは、狩野紀昭教授(東京理科大学,アメリカ統計学会デミング・レクチュラー)、飯塚悦功教授(東京大学)、 医療側からは、上記、上原鳴夫教授、黒川清教授(東海大学医学部)を招いて、(社)日本品質管理学会が、「医療とQC」に関するシンポジウム を初めて開催した。

 この時期に、臨床試験に実際に関係する多くの方々に、品質保証や一歩進んで品質マネジメントに注目していただきたく、今回の企画は 特集された。

 内容は、次のとおりである。

 第1に、国際標準化や品質保証の国際規格に関する基礎知識についての通産省工業技術院の矢野友三郎氏の講義と質疑を掲載した。この 講義は、ICH GCPの品質システムを理解するためになされた内部勉強会であり、今回の特集のためになされたものではないが、矢野氏の ご好意により、今回の特集に掲載した。矢野氏は、長く通産省管理システム規格課で、ISO9000シリーズ、ISO14000シリーズなどの原案作成と 立ち上げに携わっており、この分野では国際交渉の第一線で活躍されてきた。ISOマネジメントシステムに関する著書も多い。この講義は、 臨床評価編集委員会で臨床家、法曹家、統計家、行政家を前になされたもので、当時聴衆の大半はISO流の品質マネジメントについて予備知識 を持っていなかったため、かえって本音の質問が多く出されたことが印象に残る。

 第2は、品質システムを構築し、それを監視するということは、どういうことかについて、本特集のためになされた(財)日本科学技術連盟の 加藤洋一氏の講義と質疑を掲載した。加藤氏は、NTTの品質管理部長時代から、ISO9000シリーズの発足当初にわが国への導入を腐心され、 現在わが国を代表するISO9000の主任審査員として、現実の審査活動とともに審査員教育などでも活躍されており、東京理科大学でも教鞭を とられている。また、国際標準化機構における「統計的方法の適用、抜取検査」のエキスパート・メンバーで、抜取検査方法に関する国際規格 原案作成にも当たられている。

 第3は、今回の特集企画の発端にもなったGCP分野でISO9001を取得した活動の経緯と実際の品質マネジメントについて、体験を基に 語っていただくと言う趣旨でMOSSの藤田剛氏に依頼した講義と質疑を掲載した。

 第4に、今回の特集に関連して、ISO9000流の品質保証のGCPへの適用可能性についてFDAのO'Neill氏の見解を尋ねた。氏の好意で氏の 見解や参考文献を紹介することを許されたので紹介する。この中で、Society for Clinical Trialの小委員会の品質保証指針自体は、あまりシステム 志向ではないように思うが、逆に監査制度の限界などを指摘しているのは興味深い。

 最後は、わが国の品質マネジメントに関する歴史的展望とISO流の品質保証との関係について、椿が執筆した。筆者は、(社)日本品質管理学会 での活動、統計的品質管理あるいは環境マネジメントに関する国際標準化活動を行ってきた。椿、藤田、佐藤(1998)7)では、 臨床試験にISO流の品質システムの必要性を説く論文を発表しているが、今回の特集では、ISO流の品質マネジメントについての講義が多かった ことから、日本的品質管理について入門的な解説を行った。



 今特集が、わが国の臨床試験関係者によるコントローラー制度と同等以上の外部品質保証制度再構築への関心と実践の機縁となることを 期待したい。

 最後に、今回の特集にご協力いただいた諸先生に感謝の意を表す。



参考文献


1) 原,他.ISO9001のGCPへの適用.薬理と治療 1996a;24:511-20.
2) 原,他.ISO10011に沿った治験の品質監査.薬理と治療 1996b;24:1211-23.
3) 石田,他.ISO9000のGCPへの適用−治験依頼者の組織・体制のあり方.薬理と治療 1997;25:2585-96.
4) 植松編,新GCP下での治験データマネジメント−国際品質保証時代の体制構築に向けて−.ライフサイエンス出版;1999.
5) McFadden, E. Management of Data in Clinical Trials. Wiley; 1998.
6) 上原.「医療と品質管理」,品質月間テキストNo.289,品質月間委員会,1999.
7) 椿,藤田,佐藤.誰がための臨床統計?わが国で実践された「患者の立場」からの臨床評価の原則と統計的方法の役割.統計数理 1998;46:97-115.

「臨床評価」編集委員
椿 広計

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VOL.28, No.1, Oct. 2000「臨床試験における外部品質保証」目次へ