臨床評価 1975; 3(3): 417より
最近数年の間に医学校の増設が相次ぎ、5年前まで長い間47校であったわが国の医学校数は、今や70校を越している。このことは日本で 医師が現在不足している、あるいは将来不足することが予想されるために取られた措置であろう。一方薬学関係の学校は医学校のような 増設ブームはないようであるし、理学部や工学部も増設はあまり話題にのぼらない。昭和47年末の医師数は12万5千人、薬剤師数は8万 5千人で、多いか少ないかは医療のあり方によって変わってこよう。現在でも医師は不足していないと考えている人もある。
オーバードクターが理工学部で大きな問題になっている。ある物理化学の大先生はこれに対して冷たい見方をしておられてびっくりしたことが ある。要するに研究は生残るのはそのうちのほんの一部にすぎないというのである。他の大部分の研究者はいわば使い棄てと考えるので あろうか。
サルバルサンは606号といわれた。今日では研究された物質のうち医薬品として広く使われるようになる物質は、その何万分の1で他の物質 に関する情報はほとんど棄てられてしまっている。大先生のいわれたことももっともな面がここにもある。
しかし9999の物質に関する情報なしには、広く世に使われて役に立つ1つの物質も生れなかったであろうことを考えないと、将来とも良い お薬は生れないかもしれない。ある物質がある薬効を期待している人に投与される段階に達するまでには、すでに膨大な経費と人手と努力 とが費されている。期待される薬効の有無にかかわらず人体実験の結果を記録にとどめ、人類共通の知識として残すことは、将来の研究 の無駄を省き、効率をあげるためにきわめて重要な、有意義なことであろう。(中島 章)