4.4つのレベルの薬籠
病院医薬品集作成と医薬品採用の現状
―日本薬剤疫学会員の所属する112施設の調査―
The current status of the hospital formulary and new drugs adoption systems in Japan
-A survey of 112 hospitals and clinics affiliated with the Japanese Society for Pharmacoepidemiology-
清水 秀行(帝京大学医学部附属市原病院薬剤部)                                             
津谷喜一郎(東京医科歯科大学難治疾患研究所・情報医学研究部門(臨床薬理学)(現・東京大学大学院))
吉田 秀夫(帝京大学医学部第三内)                                                         
道場 信孝(帝京大学医学部第三内)                                                         

〔臨床評価(Clinical Evaluation ) 2001; 28(3): 513-20より〕


Abstract
Objective:To explain the process of adopting and discontinuing drugs registered with a hospital or clinic by surveying the role and methods of hospital formulary development.
Methods:A questionnaire was sent to 122 hospitals and clinics, among whose staff are members of the Japanese Society for Pharmacoepidemiology (JSPE). A total of 112 (91.8%) hospitals and clinics responded.
Results:(1) A hospital formulary was developed in 72 (64.3%) of the 112 hospitals and clinics surveyed, while 32 (28.6%) developed a “drug list”. (2) Developing a hospital formulary costs ten times more than developing a drug list. (3) Most of the information in the hospital formulary is derived from drug package inserts. (4) In 98 (87.5%) hospitals and clinics, the “hospital drug committee” decides which drugs to adopt or discontinue. (5) In 88 (78.6%) hospitals and clinics, the basic rule such as “one new drug in, one drug out” was used. (6) Discontinuing drugs was based on scarce use as reflected in hospital records. (7) The drug committees in 41 (41.8%) hospitals and clinics considered EBM in preparing materials for discussion, while those in 57 (58.2%) hospitals and clinics did not. However, there was not much difference between the materials used by the two groups.
Conclusion:The current status of the hospital formulary and new drugs adopting systems was only partly clarified. Drug information in electronic form should be further used to make information up to date. Standards for adopting and discontinuing drugs should be developed, and the methods of EBM and pharmacoeconomics should be used in the process. It is hoped that large-scale surveys on this topic will be conducted regularly.

Key words
hospital formulary, hospital drug list, hospital drug committee, new drugs adoption, EBM



 はじめに


 医療機関での医薬品の採用はどのようになされているのだろうか.一般には製薬メーカーから提供された新薬の情報を基本として審議され, 採用の可否が決定することが多いように思われる.また,多くの診療科を有する施設では,薬事委員会の委員による専門領域以外の医薬品の 審議もしばしば行われていると思われる.また採用薬品数の制限といった要因も影響しているように思われる.一方で,近年急速に普及している EBMの考え方は取り入れられているのだろうか.しかし,薬事委員会でどのような議論がなされ,どのような基準で選択・採用されているかは ほとんど明らかにされていない.そこで,今回は採用医薬品を収載している病院医薬品集(hospital formulary)の役割と作成の現状についての 調査を中心として,医薬品の新規採用,取扱中止がどのようなプロセスで行われているのかを明らかにするとともに,将来像について考察を 行った.


 1. 方 法


 1) 対象とした医療機関


 今回は予備的研究として,比較的協力が得やすいと考えられる日本薬剤疫学会員(会員数419人,2000年4月現在)の所属している医療機関 122施設を対象とした.内訳は大学病院(分院を含む,歯科大病院を除く)46施設,一般病院・診療所76施設である.

 2) アンケート対象者

 アンケートの記入者は薬剤部長(薬局責任者)を想定した.理由は採用医薬品の情報に最も詳しく,かつ多くの場合医薬品の新規採用あるいは 中止を決定する際に深く関与していると考えられるためである.アンケートは2000年5月9日に発送,同年6月6日にフォローアップ,同年6月23日に 2度目のフォローアップを行った.


 2. 解析方法


 表計算プログラム「Excel98」を使用し,データの整理および解析を行った.連続変数は平均値±SDで表し,相関関係の解析には回帰分析を 用いた.不連続変数を含むデータの解析にはχ2乗法を用い,有意水準を0.05とした.


 3. 結 果


 1) 回答率と施設プロフィール


 回答施設数は112施設で,回答率は91.8%であった.このうち記名回答は99施設,無記名回答は13施設であった.回答のあった 施設の病院種別の病床数,医師数,薬剤師数,オーダリング導入率,院外処方せん発行率をTable 1に示す.
Table 1

 2) 病院規模(病床数)と採用医薬品数との関係

Fig.1  病院規模の指標を病床数とし,採用医薬品数との関係をFig. 1に示す(n=110).回帰式y=772+1.254x,寄与率R2=0.565(p<0.001)となり, 統計学的に有意な相関関係を認めた.

 3) 医薬品集の作成の現状

 医薬品集を作成している施設は72(64.3%)であった.ここで「医薬品集」とは,採用医薬品の名称(商標名,規格含量,剤形を含む)のほかに 効能・効果,副作用などの医薬品情報を収載した冊子とした.

 病院規模(病床数)により層別したところ,Table 2に示すように250床以下の施設(n=28)での作成の割合は46.4%,251床以上500床までの 施設(n=28)では53.6%,501床以上750床までの施設(n=32)では71.9%,751床以上の施設(n=24)では87.5%であり,病院規模が大きくなる 程作成の割合は高い値を示した.

 医薬品集作成時の情報源についての問いでは,添付文書との回答が68.1%,日本医薬品集41.7%,添付文書集26.4%,市販データベース 18.1%,厚生省ホームページ8.3%,その他18.1%,無回答4.2%であった(n=72,複数回答可).

 医薬品情報以外の収載内容としては,医薬品の取扱いに関する院内の規定との回答が66.7%,薬剤部業務の利用案内30.6%,項目別の 医薬品の一覧表56.9%,その他48.6%,無回答9.7%であった(n=72,複数回答可).その他としては,製薬会社連絡先10施設,約束処方 9施設,院内製剤7施設,長期投与の情報6施設などの回答があった.

Table 2  医薬品集作成の意図としては,取扱医薬品の確認との回答が91.7%,医薬品の適正使用のための情報の確認が79.2%であり,医薬品 情報以外の医薬品に係る院内規定の周知は45.8%であった(n=72,複数回答可).

 医薬品集を作成していない施設におけるその理由を記述式で問うたところ(40施設中31施設が回答),マンパワーの不足との回答が10施設, 処方オーダリングシステムで添付文書情報の参照が可能であるためが9施設,費用の問題が8施設と上位を占めたほか,更新がリアルタイム にできないとの回答が3施設あった.

 医薬品集に比べ簡便に作成が可能と思われる,採用医薬品の名称(商標名,規格含量,剤形を含む)のみを収載した冊子を「医薬品一覧」 とした.医薬品一覧を作成している施設は32(28.6%)であった.

 医薬品集の平均作成単価(n=54)は3,401±2,191円であり,医薬品一覧(n=9)では354±271円であった.1冊単価,作成間隔,作成労力に ついて医薬品集と医薬品一覧とを比較した結果をTable 3に示す.


Table 3

 4) 医薬品の採用の現状

 医薬品の採用の決定機関を薬事委員会とする施設は98(87.5%)であった.その他として医局会との回答が3施設,院長との回答が6施設 あった(n=112).

 薬事委員会の開催頻度は年3〜4回との回答が17施設,隔月が29施設,毎月が42施設,不定期が6施設,その他が4施設であった(n=98) .薬事委員長の院内での役職は,院長20.4%,副院長23.5%,薬剤部長20.4%,院長,副院長以外の医師(診療部長,教授等)33.7%,無回答 2.0%であった(n=98).

 新規採用について基準があるかの問いに,「はい」との回答は81施設,「いいえ」との回答が23施設(無回答8,n=112)であった.「はい」と 回答した施設のうち基準が文書化されているとの回答は57施設,文書化されていないとの回答は24施設(n=81)であった.また,採用の基準に 「EBMの考え方を取り入れていますか.」との問いに,「はい」と回答した施設は35,「いいえ」と回答した施設が25,「今後取り入れる」と回答した 施設が18(無回答3,n=81)あった.

 新薬の採用について特別な配慮をしていると回答した施設は53,していないとした施設が51(無回答8,n=112)であった.採用品目数が一定数を 超えないよう措置を講じていると回答した施設は88,していないとした施設は21(無回答3,n=112)であった.

 薬事委員会の意思決定の根拠について「薬事委員会の意思決定は何に基づくかお聞かせ下さい.(@〜Cより選択してください.)(複数回答可) @エビデンスの有無による A価格の高低 B薬価差 Cその他(自由記載)」との設問により問うたところ,@エビデンスの有無によるとの回答が 56施設,A価格の高低24施設,B薬価差21施設,Cその他46施設であった(無回答8,n=98).薬事委員会での採決の方法では多数決との回答 が41施設,満場一致49施設,その他10施設であった(複数回答可,無回答1,n=98).

Fig.2  薬事委員会で採用を検討する際の資料の作成は,回答のあった104施設すべてで薬剤部あるいは薬剤師が関与していた.薬剤部と事務部とで 作成するとの回答が3施設あった.資料について「資料作成時にEBMを考慮したものになっていますか.」と問うたところ,「はい」との回答が41 施設,「いいえ」57施設,無回答14施設であった(n=112).これら2つのグループについてその資料構成を比較した.Fig. 2のように添付文書 68.3%:66.7%,インタビューフォーム63.4%:43.9%,製品概要70.7%:71.9%,文献レビュー36.6%:22.8%,原著論文19.5%:12.3%であり, インタビューフォームで19.5%,文献レビューで13.8%の差が認められた.

 5) 医薬品の取扱い中止の現状

 医薬品の取扱い中止の決定機関を薬事委員会とする施設は98(87.5%),その他の回答が11施設であった(無回答3,n=112).

 採用中止について基準があると回答した施設は71,ないとの回答が37施設であった(無回答4,n=112).基準が文書化されているとした施設は 36,されていないと回答した施設が35であった(n=71).また,採用中止の基準に「EBMの考え方を取り入れていますか.」との問いに,「はい」と 回答した施設は23,「いいえ」と回答した施設が28,「今後取り入れる」と回答した施設が16(無回答4,n=71)あった.

 採用中止について基準をもたないとした施設について,どのように決めているか記述式で問うたところ,回答頂いた25施設中22施設で 「使用実績による」との回答があった.また,「一増一減」を原則にしているとの回答が5施設あった.

 6) 採用医薬品の見直しについて

 採用医薬品の見直しについて,定期的に行っている施設は54,定期的には行っていない施設は31であった(無回答27,n=112).また,必要時に 行っているとの回答が72施設,行っていないとの回答が7施設であった(無回答33,n=112).見直しの方法について記述式で問うたところ 94施設から回答があった.見直しの対象とする薬剤を使用量(出庫量,購入量,処方頻度など)を基準に選択しているとの回答が61施設,同種 同効薬の数を基準に選択しているとの回答が6施設あった.

 7) クリティカル・パスなどについて

 クリティカル・パス(クリニカル・パス,ケア・マップ,ケア・パスなど)の作成状況についての設問では,作成しているとの回答が44施設,していない が63施設であった(無回答5,n=112).いくつの疾患について作成しているかの設問では33施設から回答があった.1〜5との回答が15施設, 6〜10が4施設,11〜15が9施設,16以上が5施設であり,最大は46疾患であった.これらのうち医薬品を含むパスの数を問うたところ28施設から 回答があった.その結果,0との回答が5施設,1〜5が13施設,6〜10が3施設,11〜15が6施設,16以上が1施設であり,最大は46疾患であった.


 4. 考 察


 1) 医薬品集作成に関して


 医薬品集は72(64.3%)施設で作成されており,また,医薬品一覧は32(28.6%)施設で作成されていた.どちらも作成していない施設は8施設のみ であった.

 医薬品集と医薬品一覧を比較すると,費用において10倍の違いが認められた.また,医薬品集を毎年発行している施設は72施設中10施設に すぎないが,医薬品一覧は32施設中18施設が毎年改訂している.医薬品集作成の意図として91.7%の施設が回答したように「取り扱い薬品の 確認」を目的とするのであれば,医薬品一覧で十分であるとも考えられる.

 医薬品集に収載されている医薬品情報のデータソースはほぼ添付文書情報であった.近年,添付文書の改訂は頻繁であり,医薬品集として 発行した場合には追補により対応するほかなく,即時的な対応は非常に困難である.オーダリングシステムに搭載される医薬品情報のデータ ソースとして汎用されている「メディスデータ」は,財団法人医療情報システム開発センターが製薬メーカーより直接添付文書の提供を受け情報を 電子化したものであり,3カ月毎,年4回更新されている.今後,病院医薬品集の編纂にあたっては,最新の医薬品情報を提供するために,冊子 の形式にこだわらず,電子化された情報の活用が必要と思われる.

 2) 医薬品の採用決定プロセス

 新規採用の決定は87.5%の施設で薬事委員会が行っていた.薬事委員会の意思決定が何に基づくかを問うた設問では,「エビデンスの有無」と の回答が56施設(57.1%,複数回答可)であったのに対し,「価格の高低」の24施設,また「薬価差」との回答は21施設にのぼっている.以前には 薬価差は病院の収入に寄与する要因であった.2000年4月の薬価改正により医薬品の適正な管理に要する正当なコストを見積もると薬価差は ほとんど解消されたと考えられる幅になっている.本アンケートはこの約1ヵ月後になされたものである.したがって,4月の薬価改正以前の状況も 一部反映された結果と考えられる.今後は保険医療の厳しい財政状況の中でいかに経済効率のよい薬剤を選択,採用するかが大切であり, そのためには医薬経済学的分析の使用の普及が強く望まれる.

 なお,今回のアンケートでは「エビデンスの有無」あるいは「EBMを考慮」の回答についてその手法や判断基準を質問しておらず一部に回答 しずらいなどのコメントを得たり誤解を招いた.今後,調査を行う際には改善したい.

 3) 医薬品の採用中止決定プロセス

 採用中止の決定も87.5%の施設で薬事委員会が行っていた.中止品目の決定にあたっては使用実績が決め手となっている実態が明らかに なった.わが国においてはWHOの提唱するエッセンシャルドラッグの考え方の普及が遅いように感じられるが,単に使用実績のみを指標に採用 中止を決めていくと,世界標準から懸け離れた品揃えとなってしまう危険性が危惧される.

 また,採用中止決定の問題点として,安全性情報などから使うべきでない品目が出たときの対応がある.筆者の所属する施設では,薬剤部 より安全性情報などは速やかに医師に情報提供し,慎重な使用を促す,あるいは適正使用のための情報を再度提供するなどの努力はなされて いるが,現実として製薬会社が製造中止,あるいは販売中止を決定し,市場から引き揚げる措置をとらない限り院内での採用を中止することは まれである.しかし,製薬会社が製造あるいは販売中止を決定した場合には,経過措置の期日が残っていても,速やかに採用を中止し,可能な かぎり在庫薬剤の返品には応じていただいている.今回はこの点について設問の設定が不十分であった.将来の調査の際には設問設定を工夫 したいと考える.

 4) 薬事委員会の資料作成に関して

 (1) 資料作成時のEBMの受け止め方の相違

 資料についてEBMを考慮しているとする41施設(41.8%)と,考慮していないとする57施設(58.2%)で,資料構成を比較したFig. 2ではインタビュー フォームの使用の率が63.4%と43.9%で19.5%異なるほかは,両者に大きな差は認められなかった.資料に使用している比率の高い製品概要と 添付文書はまったく差がなかった.このことは,現場の担当者のEBMという用語の受け止め方,理解の程度に差があることを示唆していると 思われる.

 (2) プレ・レビュード ドキュメントの必要性
 前述のように,資料作成時にEBMを考慮しているとする回答は41施設(41.8%)に留まっており,資料の質の向上の観点から,公的機関や学会 などからの一定の指針に類するものの提示が必要と思われた.さらには各施設毎に資料を作成している現状に対して,本当に施設毎に作成する ことが必要であるのかといった疑問が生じた.EBMの考え方を踏まえた資料を専門機関で作成し,各施設ではその情報を基本情報とし,施設の 特性を加味したオリジナルの資料を作成するか,場合によってはそのまま利用するといったことは考えられないだろうか.可能であれば病院 薬剤師の労力の相当な節約になると思われる.


 5. 結 論


 日本の病院医薬品集および医薬品の採用・中止の決定に係る現状が一定程度明らかになった.

(1) 医薬品集は64.3%の施設で作成されており,医薬品一覧は28.6%の施設で作成されていた.

(2) 医薬品集と医薬品一覧を比較すると,費用において10倍の違いが認められた.

(3) 医薬品集に収載されている医薬品情報のデータソースはほぼ添付文書情報であった.

(4) 採用・中止の決定は87.5%の施設で薬事委員会が行っていた.

(5) 新規の採用に当たっては,一増一減を原則とするなど一定数を超えないよう運用している施設がおよそ8割あった.

(6) 中止品目の決定にあたっては使用実績が決め手となっていた.

(7) 薬事委員会の資料についてEBMを考慮しているとする41施設と,考慮していないとする57施設で,資料構成を比較したところ大きな差は 認められなかった.

 これらの知見から採用医薬品を適切なラインアップとするためには以下のことが望まれる.

(1) 医薬品の選択や使用に際して電子化された情報を有効に利用するシステムを構築するなど,周辺の環境の整備を早急に進めること.

(2) 取捨選択の基準を適切に定める必要があり,単なる品目数の制限や,従来の慣習あるいはオーソリティーの意見にしたがうのではなく, EBMの手法を定着させていくこと.

(3) 薬価差の経済の時代はほぼ終っており,医療のコストベネフィットを考慮した,経済効率のよい薬剤を選択するための背景をなす学問としての 薬剤経済学の一層の進展.

 今回の調査は122施設を対象とした予備的研究である.この調査結果を基盤として,今後より広範囲な施設を対象とした調査を定期的に行う ことが望まれる.

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Vol.28, No.3, Jun. 2001「ヘルシンキ宣言2000年改訂とグローバリゼーション時代の倫理」目次へ