巻頭言
臨床評価 1999; 27(1): 1-4 より

 今回「臨床評価」の投稿規定の改訂に着手することになった.この機会にその経緯・理由を述べ,エビデンスに基づく医療 (evidence-based medicine: EBM)の世界的な動向の中での医薬品を中心とした雑誌のあり方を考え,今回の改訂点について 紹介し,本誌の使命について論じたい.

 医薬品,とくに臨床試験に関連する出版物の状況は大きな変動期を迎えている.一言で言えば世界的視野に立ち,質の判 断ができる,根拠に基づいた論文を掲載してゆくという原則に立った編集方針が求められている.「臨床評価」も例外でなくそ の大きな波に揉まれている.

 そもそも「臨床評価」の刊行は1970年頃,日本の臨床試験に強い関心を持ち当時の状況に危機感を持った医師(精神科,内 科,眼科,老年科,産婦人科),薬理学者,弁護士,統計学者,薬剤師の自発的勉強会に起源がある.このグループは次第に 正しい臨床試験のあり方・進め方を考え,科学的,倫理的な臨床試験とその公平性維持・成績の信頼性を追求し,強い関心と 義務感を持ち続け,それを実践するため組織化され,その活動と臨床試験成績の公開の場として1972年「臨床評価」の発刊に 至るのである.

 それ以来,単に臨床試験成績のみならず,臨床試験の方法論,統計学,倫理学,法律,内外の医療行政指針などについて 常に先駆的な論文を掲載して,臨床試験全般に関する日本の嚆矢たる雑誌として高く評価され現在に至っている.この間,今 日ではわが国で当然のこととして受け入れられている臨床試験における二重盲検法が,わが国に定着することを願い,努力を 続けた.そして,無効論文や副作用報告,確率的予測の下に行われる治療一般に必然的に内在する倫理問題,多くの統計的 検定法が人間を対象とする場合に内在する意味と限界の問題など,貴重な論文を可能な限り掲載してきた.

 また欧米の臨床 試験分野の専門家やFDAの関係者とも広く交流し,われわれの疑問点の解決や欧米における臨床試験の実状の把握に努め, これらの情報は「臨床評価」誌上で,あるいは厚生省を通して広く伝えることで,わが国における臨床試験の質と国際的な評価 を高めるよう,微力を尽くしてきた.いわゆるネガティブデータ,すなわち,有効性が得られなかったり,安全性に問題があるな どの理由で開発が中止となり,承認申請されなかった臨床試験についてもこれを論文として載せるなどは,世界的にみてもユ ニークな編集方針として評価されている.


 今や世界は,情報伝達手段や科学の急速な進歩に伴って,新たな再編成と協調の時代に入った.医薬品開発の分野でも, ICHを通して協調への道を急速に歩んでおり,各国とも新薬の許認可制度における無駄な重複を避けるべく,制度の見直しを はじめており,わが国における臨床試験も論理的・科学的に国際社会に受け入れられるレベルのものが求められている.論文 発表についても同様である.

 1990年代後半になって,EBMが世界的な潮流となってきた.EBMとは,David L.Sackettによって1992年に次のように定義された.“個々の患者の医療判断の決定に,最新で最善の根拠を良心的かつ明確 に,思慮深く利用することである”.そしてこの最善の外部的根拠は,情報科学とコンピュータ技術の発達によって可能になった. 批判的吟味と研究の統合によって得られるものである.さらに,個々の医師の臨床的技術と医療環境,患者の価値判断や好み を合わせた統合的な判断が求められている.このような現況に沿うために,臨床研究や医学論文の発表方法にも大きな変革が 必要となった.

 例えば科学的に信頼できると判断された原著論文のみをまとめた二次情報誌ACP Journal ClubEvidence-Based Medicine などが刊行されている.また多忙な臨床医のために情報専門職の養成も望まれている.厚生科学研究・EBMを支えるリサーチラ イブラリアン養成についての調査研究(班長:中嶋 宏・国際医療福祉大学・国際医療福祉総合研究所長)もその一つに位置づ けられよう.リサーチ・ライブラリアンの役割はEBMを支える情報源となる文献データベース,学術雑誌,レビユー論文,抄録など をEBMの視点から新たに組織化しそれを医療関係者に流通・配布することにあるが,この情報専門家としてのリサーチライブラ リアンの養成が,研究課題として取りあげられている.

 アーチー・コクラン(Archiebald Cochrane;イギリスの医師・疫学者,1909-1988)はこの領域での重要な先駆的貢献者である. 彼は,個別の医療行為ごとにすべてのランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)が批判的に定期的にまとめられ ていないことを問題提起した.現在CD-ROMやInternetで提供されるコクランライブラリ(The Cochrane Library)に含まれる Cochrane Database of Systematic Reviews(CDSR)は,彼の提唱したコンセプトに基礎をおく.このCDSRはEBMの基礎ともい えるもので,カバーするトピックは限られているが,トピックが充実してくるにつれて評価が高まってきており,将来はEBMに おいてさらに大きな役割を占めるものとなろう.

 エビデンスのレベルは科学的根拠の水準を示し,その研究デザインによって,通常,メタアナリシス>ランダム化比較試験 (RCT)>比較臨床試験(CCT)>コホート研究>症例対照試験(case-control study)>症例集積研究(case series)>1例報告 (case report)の順番にレベルが高いとされる.近年広く使われるようになった,米国の医療政策研究局(Agency for Health Care Policy and Research AHCPR,1993)のグレーディングスケールもこうした考えによっている.EBMでは通常,RCT以上のレベル の臨床情報をエビデンスが高いものとして取り扱っている.


 これまでの「臨床評価」の編集方針や収載論文の内容,さらに近年の世界的なEBMの流れをうけて,今回,投稿規定は改訂さ れた.そこには4つの主たる変更点がある.

 第1は,引用文献の表記形式についてのバンクーバースタイルの採用である.1978年にカナダのバンクーバーで開催された医 学雑誌の編集者の小会議(Vancouver Group)で設定された,生物医学雑誌に関する統一規定(Uniform Requirement for Manuscripts Submitted to Biomedical Journal:URM)は,「バンクーバースタイル」と称され,1997年に第5版が公表され,現在世界の500以上 の医学雑誌がこれを採用している.Vancouver Groupは,医学雑誌編集者国際委員会(International Committee of Medical Journal Editor:ICMJE)へと発展している.今回本誌は引用文献の表記形式のみ採用したが,バンクーバースタイルに合わせ投稿規定全 般を見直すことが求められる.さらに本誌だけでなく,日本における生物医学雑誌の投稿規定の向上が議論されることが望まれる.

 第2は,CONSORT声明の採用である.ランダム化比較試験(RCT)は患者の診療に強力かつ迅速な影響を及ぼしうるものであり, その論文は,試験のデザイン,実施,解析,一般化可能性などに関する適切な情報を読者に伝え,その情報をもとに読者がその臨 床試験の内的妥当性と外的妥当性を判断できるものとなっていなければならない.この観点から,先に述べたICMJEを母体として1996年 に生みだされたのがRCT報告の標準を定めようとするCONSORT(Consolidated Standards for Reporting Trials,臨床試験報告に関する統 合基準)声明である.

 CONSORT 声明の具体的内容については今回改訂された投稿規定の参考文献に詳しい.見出しは以下に示す6項目で,合わせ て21の記述項目がある.重要な点をいくつか引用し注意を喚起したい.まず,「タイトル」では,研究をランダム化比較試験と特定す る.「抄録」では,構造化抄録を用いる.「はじめに」では,研究に先立ち設定した仮説,臨床的目的,サブグループ解析や共変量に 関する計画解析を記述する.「方法」は,プロトコール,割付け,マスキングの3つの副見出しにわかれ,試験デザインの詳細に言及 している.「結果」は,被験者の流れと追跡の図と,統計的解析の具体的事項を示している.「コメント」においては,バイアスおよび精 度低下の原因(内的妥当性)を含む研究結果の具体的解釈を述べ,可能であるなら適切な量的測度を含め外的妥当性について議 論し,そして最後に入手可能な証拠を総合して,それに照らし,概括的なデータの解釈を述べる.

 本誌では今までもこれらの項目の一部についてはその記載を要望してきたが,このように,項目を明示化することによって質の外 部評価が可能となるのである.

 第3は,構造化抄録(structured abstract)の採用である.上記CONSORT声明の「抄録」の項目にも示されるように,本誌では,原 著,総説などにおいて,この構造化抄録をつけることとした.

 この構造化抄録は1980年代後半に発展した方法である.本誌は1972年の発刊時より,英文抄録を掲載してきたが,論文を読む人 の臨床判断や情報源の組織化により寄与するために,今回の改訂で構造化抄録を採用することとした.世界の臨床家,研究者は構 造化抄録を読むことによって,自分にとって意味のある質の高いRCT論文を効率的に捜すことができる.

 RCT 論文は世界的な医学データベースであるMedlineやEMBASE ,さらにコクランライブラリに含まれる世界中のRCTを網羅した CENTRALなどに含まれ,さらにコクラン共同計画(The Cochrane Collaboration)によるシステマティック・レビューの対象となりメタアナ リシスによって結果が統合されCDSRに加えられて世界のEBMに貢献できることになる.「臨床評価」掲載のRCT論文はコクラン 共同計画によるハンドサーチの対象とされ,CENTRAL へ収載するための作業が進行中である.

 第4は,投稿を広くオープンにしたことである.これは,従来の投稿規定には明示されてはいないが,「臨床評価」ではこれまでわれ われがその科学性・倫理性・信頼性について単に文章の上の査読だけでなく,自らの参加により保証し得る臨床試験論文のみをその 成績の結果如何にかかわらず掲載してきた.今後は質の高い論文その他を広く日本,世界に求めることとした.


 1999年4月8日医薬発第481号医薬安全局長通知「医薬品の承認申請について」及び同日付医薬審第666号医薬安全局審査管理課 長通知「医薬品の承認申請に際し留意すべき事項について」によれば,申請資料の画一的な取り扱いを可能な限り排し,科学的合理 性に基づく弾力的な運用を拡大するとともに,品質,有効性及び安全性の確保に支障を生じない範囲で,企業活動に対する制約が緩 和された.その際の主な変更点の一つに申請資料の学会誌等への公表義務の廃止がある.

 一方で,承認資料概要と審査報告書類をあわせて「新薬承認情報集」(仮称)として,インターネットなどを介して公開するとの方針が 伝えられている.

 日本で刊行される医学系雑誌は約2,500誌とされるが,そのうちMedlineやEMBASEに収載されているのはあわせて約300で,約1割と いうことになる.海外からの日本語文献へのアクセスは事実上困難であり,日本で行われている日本のRCT研究はごく一部しか対象に ならないことになる.コクラン共同計画にみられるような世界的なシステマティックレビューがなされるときに,日本の研究がその検討の 土俵にさえ登りえないことが生じる.いわゆる言語によるパブリケーションバイアスが生じるわけである.これは世界的なレベルでの真 のEBM にとっては,大きな問題となる.

 厚生省からの新薬承認情報が,EBM時代に,Medlineや,EMBASE,さらにCENTRALなどのデータベースにどう取り入れられるかは 現時点では不明である.

 EBMを日本で展開していくための基盤整備の一つとして,重要な情報源である臨床試験論文は組織化されなければならない.研究成 果が円滑に世界の根拠に取り入れられ,必要とする人に届けられるための基盤整備をすることは,エビデンスに基づく医学医療の情報源を 志してきた医薬品情報誌の一つである「臨床評価」の使命と考える.

 日本においては,知的所有権が問題とならない範囲で自主的に論文を世界に発表することは臨床試験の主任研究者の責務であり臨 床試験参加患者への謝意でもあると考えられる.


 従来本誌は,姉妹組織であるコントローラー委員会のメンバーが関与した臨床試験論文を中心に構成されてきた.今 回投稿規定を改訂するにあたり,門戸を開放し,広く一般から,EBMのゴールに則した論文の投稿をうけ入れることとした.すなわち,エ ビデンスを「つくる」臨床試験,エビデンスを「つかう」臨床医など多様なユーザーにとって役立つ論文や情報,また「つくる」と「つかう」の間 に入りエビデンスを「つたえる」情報伝達関係の論文などの投稿を歓迎する.また,臨床試験においては,日本全国の治験 審査委員会(Institutional Review Board:IRB)のコミュニケーションの場として本誌が一定の役割を果たせるのではないかと考えている.

 ICHでの合意に基づく新GCPや統計ガイドラインその他が日本で実際に稼動されるようになった現在こそ,質の高い臨床試験で得られ たエビデンスの流通の重要性の認識に配慮した編集方針が,医薬品の合理的使用に繋がるものと信じる.さらにこうした基本的編集方針 を念頭におきつつ,読みやすく,読んで楽しい誌面づくりを目指すつもりである.

1999年9月

「臨床評価」編集委員会
(ホームページバージョン)