編集後記


臨床評価 1999; 27(1): 249より

最近の臨床試験で感じるのは、グローバル・スタンダードの名のもとに手続き論が強調され、新しい薬の働きを見極めるための 観察の工夫がおろそかになっていることである。臨床試験のプロトコールは、首尾一貫した論理をもちながら患者への配慮が 行き届いたものであるべきだ。そのためには、薬の用法用量、統計解析の方法など、臨床評価に熟達した臨床家が審議を重ね て慎重に決定すべきである。それは混沌とした宇宙空間から薬の作用という現実の姿をどう切り取るか、匠(たくみ)の熟練した 業であると言ってもいい。

本号には「臨床試験のための統計原則の適用」として座談会を掲載した。ここに参加して感じたのは、臨床統計とは、抽象的・ 数学的理論ではなく、それを生きた人間に応用するために微妙な手加減を必要とする、ということである。対照薬にプラセボを 置くことの是否や必要度も対象疾患によって異なるし、安全性と有効性については多くの要素を統合して検討しなければならない。 現実に患者と直接向かいあう臨床家の感覚が個々の要素に反映されないまま、患者のニーズから離れた精密さが求められては いないだろうか。

厚生省では、来年の四月より臨床試験論文の公表要件を廃止することになった。同時に電子媒体で従来よりも公開される情報の 領域は広がるということだが、これは承認された医薬品のデータということであり、依然としてネガティブ・データへのアクセスの道が 開かれたというわけではない。本誌では創刊以来、無効論文の掲載を編集方針の主軸に据え努力を重ねて来たが、実際に掲載 できた無効論文は多数あるとは言えない。無駄な試験の繰り返しを避け、被験者の権利を保護し、なおも未来の患者に有効な データを残す方法は模索し続けなければならず、定式化できる明確な回答はないのだろう。わが国の薬の臨床開発のための地の 塩たらんとして続けてきた努力を、次世代に継承すべき、過渡期にあることを痛感する。

巻頭言に記されるように本号から投稿規定を改め、編集委員会にも新たなメンバーが加わった。これまで自らが試験に直接 かかわることによってデータの信頼性を確保してきたが、それを一つの投稿規定というルールに集約させるためには、世界的な 標準に照らして編集方針を吟味する必要性も明らかになった。欧米において投稿原稿を作成する際の手引きである「生物医学 雑誌に関する統一規定」については巻頭言でも述べたが、本誌でもやがてはこの統一規定に沿った原稿の掲載を方針としてゆきたい。 投稿規定は、臨床試験の方法論の進展に則して、今後も改訂してゆくべきものであろう。その作業の途上に、常に患者と向かいあう 臨床家の思慮を織り込んでゆきたいと考える。(栗原雅直)

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VOL.27, No.1, Sep.1999「臨床試験のための統計的原則の適用」目次へ
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