編集後記


臨床評価 1997; 24(2, 3): 325-6より

 臨床評価24巻の通常号は2・3号の合併号として漸く出版の運びとなった.臨床評価はその出版の初期から、わが国で行われコントローラー委員会が関与した信頼性の高い臨床試験を、いわゆるネガティブの結果に終わった試験をも含めて詳細に掲載し、わが国における臨床試験の方法の進歩に貢献するのみならず、優れた新薬の開発に当たってできるだけ覆車の轍を踏まないように役立てようという意図で行われていたが、同時にわが国における薬の開発や臨床医学の進歩に役立ついろいろの資料をもその時々に掲載してきた.本号も1編の総説、3編の原著および2編の資料からなっている.

 わが国の眼科学の泰斗、中島章名誉教授の緑内障についての総説は、眼科学の専門誌に掲載されるような高度の内容を、専門以外の読者にも十分理解できかつ興味深く読めるように記載されているのみならず、この分野の新薬の開発のヒントになるような事項も述べられており、この分野に関心の低い方々にもぜひ一読をお勧めしたい総説である.

 原著の2編は新規の抗精神病薬の精神分裂病についての第V相臨床試験の成績である.それぞれ異なったいわゆるactive placeboを対照とした臨床評価で、そのうちの一つでは、対照薬との間に優位も同等性も証明されなかった。比較臨床試験の必要性は問題なく多くの人々によって認められているが、実際に当たってはplaceboの使用については倫理的な観点から多くの議論があり、一方、いわゆるactive placeboの使用については、とくに精神科領域の臨床試験に際しては、しばしば結果の解釈に当たっての困難さのために科学的な立場から問題になっている.わが国ではその困難性を克服するためにいわゆる同等性検定が用いられているが、現在用いられている同等性検定法には方法論的に未だいろいろと問題点があり、わが国のこの方法は国際的には認められていない.わが国の薬効評価のための臨床試験において今後早急に解決を要する重大で困難な問題であろう.

 最近の臨床医学の進歩は著しいが、その大きな原因の一つは機器や検査法の進歩によって病気の診断や治療法の決定、治療の効果の判定に当たって客観的な情報が多く得られるようになったことによるものと思われる.最近臨床医学の分野ではEvidence-based Medicineが主流となってきているが、臨床医学の分野で完全なEvidenceを得るためにしばしば多くの時間と資源と努力が必要であり、現在すべての分野で完全なEvidenceが得られているわけではない.まだまだ多くの分野で、それが究極的に正しいかどうかは不明であるとしても、各医師の経験に基づいた判断に任されている状態である.しかし、臨床医学全体としてはより客観的に判断する方向へと努力が重ねられ、その方向に向かって進歩していることは否定できない事実であると思われる.一方、多くの客観的な個々のデータを総合して判断するのは各医師の知識、経験、能力によるものであり、そこに名医と凡医の違いが生ずるものと思われる.しかしなお現在の臨床医学の分野では主観的要因が臨床上の決定の大きな要素を占めており、それらをできるだけ客観化しようとする努力が多くの人々によって行われている.椿氏らの原著はその努力の過程における一つの研究であろう.

 薬の有用性の評価はその薬の効果と副作用(その種類、程度および頻度など)を勘案して定められるが、Christy Chang-Steinは、行政担当官が新薬の許認可に当たってこの有用性の評価をできるだけ客観的にできるよう、また、医師が治療薬の選択に当たってより客観的に選択ができるようにと、一つの新しい方法を提案しており、その論文の抄訳が佐久間昭名誉教授によって、さらにその全訳およびコメントが山本皓一客員部長によって資料として本誌に掲載されている.これらの客観化の努力は非常に貴重なものと思われるが、 Chang-Steinの今回の提案にはスコアーや係数の決め方などまだまだ問題点は多いようである.しかし、海外では薬の臨床評価に当たってできるだけ客観性を持たせようとして種々努力が重ねられ、臨床試験方法も、試行錯誤を重ねながらも、少しずつではあっても進歩してきている.

 医薬品の開発や臨床使用に当たって、患者はもちろん、医師にとっても、製薬企業にとっても昨今の重大な関心事は副作用の問題であろう.この薬の副作用の問題は国際的な関心事でもあり、国際的に副作用による被害を最小限に防ごうという目的で、国際的な協力関係が早急に確立されつつある.わが国も副作用報告の情報源の一つとしての活躍が国際的にも期待されている.本誌には清水直容教授らの「医薬品安全性モニター報告制度の強化方策に関する研究班」の平成8年度の研究報告書が資料として掲載されている.この報告書は、広範な資料集めと深い考察の基に執筆されており、今後この分野のわが国における基本的な文献となるものと思われる.代表的な医療事故(副作用による事故)裁判の判決についても紹介されており、製薬企業の関係者はもちろん医療関係者、実際に患者に接して日常臨床を行っている第一線の医師の方々にもぜひ一読をお勧めしたい.そしてわが国の患者のためのみならず国際的な観点からこのモニター制度にご協力をお願いしたいと思う.(C.N.)

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