臨床評価 1993; 21(1): 151より
抗うつ薬の臨床治験でよく問題になるのは、うつ状態から躁状態への移行、すなわち躁転の取扱いである。ハミルトンうつ病尺度の 評点が急速に減少し0に近づいたとしても、治験期間がまだ残っている場合など、あまり手放しでいられないことがある。躁うつ病 全般が治験対象であると、4週間の治験期間においても躁転はまれならず起こりうる。それは躁うつ病の自然経過でもあるだろうし、 あるいは、3環系抗うつ薬の作用機序からすると、病相のSwitch Processに対する薬物の促進効果の現れであるかもしれない。
臨床治験の計画にあたっても、この現象をどのように評価するかが問題で、とくにFGIR(およびOSRやGUR)の評価法については、 両極方向の評価の問題点を含んでいるし、しかも精神病理学的にもさまざまな観点があるのでなかなか厄介である。この問題は 治験計画立案の幹事会(中央委員会)でよく取り上げられ(大抵は堂々巡りの議論に終わってしまうが)、治験担当医師が集まる 全体会議でもフロアから一言あることが多い。ともあれわが国の現状では、必ずしもすっきりした解決とはいえないが、躁転例の 総合判定(7段階)を、FGIRは改善の方向(1〜3)、OSRは問題ありの方向(5〜7)、GURは好ましくない方向(5〜7)に評価する ように規定したプロトコールが多いようである。欧米では近年、抗うつ薬の治験対象を躁転があまり問題にならない単極性(うつ病相 のみ反復)のうつ病を中心にして、双極性(うつ病相だけでなく躁病相も出現)の躁うつ病を対象から除外する傾向がみられる。 治験の目的や段階によってはこれでもよいが、従来から(双極性)躁うつ病のうつ病相も抗うつ薬処方の主要対象であることに かわりないので、問題は残されたままである。
以上のような抗うつ薬の臨床治験における躁転の取扱いもFGIRをめぐる課題の一例であるが、幸いにも本号には、FGIRの構造 について理論的および理学的(あるいは臨床的)側面から詳細に考察した栗原論文を掲載することができた。段階評価の構造に かかわる多くの前提に対する理解の必要性を強調しながら問題提起が行われている。本誌では先に(20巻3号)、GURの概念に ついてのRound Table Discussionの記録を掲載したが、国際協調の波が押し寄せる中、本論文もまた、わが国で重視されてきた 総合評価の意義や方法論を再認識・再検討する上で参考になると思われる。
なお、本号にはDr. Robert Templeの翻訳論文2編を掲載した。かなり以前に執筆されたものであるが、現在にも通じる貴重な 示唆を含んでいると思われる。(S. M.)