臨床評価 1987; 15(3): 605より
去る1987年9月8日から16日まで、赤坂の全日空ホテルで国際統計協会第46回総会があり、世界中の統計学者が集った。 統計は自然科学のみならず、社会現象でも政治経済でも必須の道具となっており、学会にも各界からの専門家が集り熱心な 討議がなされた。
薬効評価も統計学を道具として使っている。学会が終った翌日、9月17日(木)に湯島のガーデンパレスにおいて、P. アーミテイジ 教授(オックスフォード大)とC. E. デイビス教授(ノースカロライナ大学)を交えて薬効評価に関するシンポジウムが開催され、 およそ350名が出席して大変熱心に討議が行われた。
あたかもGCPの実施が日程に上がっており、この問題に関係して一般の関心が高いようであった。9月21日(月)には大阪富士通 関西システムラボラトリーで、元国立数理統計研究所長現在計量生物学会長で、放送大学におられる林 知己夫教授を組織委員長 とし、第46回総会の実行委員長で、東京理科大学工学部長奥野忠一教授を庶務幹事とする薬効評価のシンポジウムが二会場に 分けて行われた。前者は日本語で、外人には英語の同時通訳をつけ、後者は国際シンポジウムということで英語で行われた。
これより先、1987年7月30日、31日には経団連会館で、故武見太郎先生を記念する財団法人生存科学研究所の主催で、ハーバード 大学の人々を中心にして薬効評価にまつわる諸問題を討議する集りが持たれた。私は出席できず大変残念であったが、出席された 内藤周幸先生辺りのお土産話を伺うと、アメリカの連中の本音が出て面白かったそうである。
林 知己夫先生が出しておられる林 知己夫著「科学と常識」(東洋経済新報社、1982)に、先生の薬効評価に関するお考えが述べられて いる。統計学者としてのお立場から、というより常識人としてのお立場から、長期にわたる著効評価についての疑問を述べておられて、 大変参考になる。長期にわたる臨床治験では、主なパラメーターをランダムにすることは極めて困難であろうし、脱落が大きいであろう。 病人をそのように長い間、プラセボを用いた治療下に置くことに伴う倫理的問題もある。長期にわたって薬効を評価しなければ ならない場合には、二重盲検といったことと違った、別の方法なり論理が必要ではないか、というのが、論旨のようであった。
確かに白内障や網膜色素変性症のような、進行が極めて緩慢な疾患の薬物治療の臨床評価には、多くの未解決の問題がある。 さればといって、試験薬を使ってみて病気が治ったのが何%というだけでは治った例が100%ならばいざ知らず、決定に困惑を感ずる であろう。癌の治療薬についても同じ様な問題がある。この面で何らかの進歩が期待される。
本号には上田慶二先生の副作用の評価に関する総説が出ている。日本ではスモン以後不幸な薬害は起こっていないが、今後とも 副作用の予防と早期発見に、十分な注意が払われねばならない。最後の第T相試験の論文は、掲載について多少の異議もあった が敢えて掲載した。(中島 章)