臨床評価 1987; 15(1): 227-8より
本号は15巻1号とある。「臨床評価」が発行されて15年たったことになる。発行当時は効果判定という言葉がよく使われ、臨床評価 という言葉はあまり使われていなかった。この言葉を誌名として選んだのは、効果判定の方法論や結果ばかりではなく、広く 評価尺度の妥当性、信頼性や、比較評価の方法論、さらには予防効果や疫学的方法論についての仕事ものせられるようにと 考えたからであった。そして当時は、信憑性のあるデータを、公平かつ統一した解析で、後知恵でまげることなく書かれた論文のみ をのせることを目的とした。同時に一般医薬関係誌ではのせてくれないという無効薬や副作用の報告なども、原稿料を払って でも掲載しようとした。15年たってみて、その目的、その影響、その社会への寄与はどうであろうか。
本号には精神分裂病の維持療法として、月に1回注射するだけでよい薬の報告がある。この病気にはすでにいくつもの薬が 市販されていて、以前よりは順調に治ってゆくが、、しかし家族や職場で喜んで迎えてくれるほどには達していない人々もあって 苦労する。
米国の総合病院精神科の統計をみると、平均在院期間3週間前後であるが、そんなことで責任のある治療ができるのかと思っていた。 ところが最近、米国で娘を入院治療させたあと日本につれ帰った家族から相談をうけた。その際に家族は、「アメリカの大学附属 病院では、2週間から3週間にならないうちに、退院をすすめ出し、いい施設があるから紹介するというんです。娘はまだあんなに 興奮しているし、現に看護婦さんが1人つきっきりでみてくれてるじゃないですかと抗弁しても、早く退院した方が早く社会にもどれる。 そのためのいい施設があるからと、押して来る。ところがいくつも用心のために入っていた私保険で請求された入院費を全額払える ことが知れたら、手のひらを返したように今度はこの大学病院で治療を続けるべきだと引留めに回った。おかげで施設に回されずに 数ヵ月継続入院できました」との話があった。
なぜこんな変なことになるのかというと、医療費が高額なための未払いを心配してのことらしいという。そう言われてみて、昭和20年代、 健康保険が不十分だったころの日本はこれとそっくりだった。しかし日本は精神障害者の復帰施設がほとんどないので、金がなくなる と自宅のある人はそこへつれ帰るのであった。
きいてみたところ、米国のその大学附属病院の入院費は1日450ドルだったというので、1ヵ月入院してると日本円にして当時で250 万円、円高の現在(ドル、150円として)約200万円になる。日本における東京都の精神病院入院者の1ヵ月の全医療費は平均20 万円なので、米国の10分の1のということになる。前にA紙に、1人当り国民所得などの点で英国より上である日本で、精神科の入院料 が英国の5分の1という事実に驚いている英国からの視察者の談がのっていたことを思い出した。
前述した家族はさらにいうのである。「米国では医師も看護婦も親切で、よく相談にのってくれる。看護婦は娘が興奮してる間ずっと 1人つきっきりで、娘が暴れたり、とび出そうとすると、その巨体でもって抱きとめていた。鍵はなく開放病棟だった。それに比べると 日本の病院は・・・・・」と。
この問題に関して最近米国旅行記を眼にした。2つの病院(精神科)、ともに200床ぐらい。一方は40万坪の敷地にある素晴らしい病院 だとし、他方は広さは書いてないが、充実したスタッフだとして、精神科医が40人いる。平均して5人の患者をうけもつだけでよいという 余裕である。看護婦は150人余り、日本では特1類か特2類にあたるのであろうか。そしてケースワーカー90人、作業療法士46人、 心理士31人、以上治療部門だけで入院定床の倍もある。この記事には薬剤師、事務、炊事、営繕、守護などの人数は書いていない。
米国の病院が高度の医療水準を維持できる理由、独自の新しい試みを実行する余裕、平均在院期間が短かい理由などが、それぞれ 関連して理解できる。前記の患者を退院させてから送りこもうとした施設は多分スキルドナーシングホームであろう。ここは1日30〜100 ドルなので費用は入院費の5分の1以下に安くなる。それで社会復帰へのステップになりうるが、日本では特別養護老人ホームで、月 に20万前後らしいので、精神科入院費と同じになってしまっている。そのために、一部の私立病院で医師や看護婦を十分雇わなくなる のであろうか。
なお日本の薬剤費は総医療費の4割をこしている。最近は4割を切ったなどといわれるが、このさいの薬剤費比率は、分母が200万円 のときと20万円のときとでは大変なちがいになり、比較はできないはずだがどうであろうか。この計算の仕方は医療関係者といえども ほとんど知らないと思われる。どなたか御教示を。(佐藤 倚男)