編集後記


臨床評価 1986; 14(1): 217より

本号にはceruletideの精神分裂病を対象にした後期第U相の二重盲検比較試験の論文が収載されている。

近年、種々の神経ペプチドが発見され、その中枢作用に関する研究に大きな進展がみられている。膵臓や腸管のペプチド・ ホルモンとして従来から知られていたコレシストキニン(CCK)もその一つで、特徴的な脳内分布、中脳辺縁系ドパミン・ニューロン におけるドパミンとCCKの共存、特異な中枢薬理作用(とくにCCK−8のドパミンやβ−エンドルフィンの働きに対する拮抗作用 など)などが明らかにされ、多くの注目を惹くところとなった。今回のceruletideはCCK類似のポリペプチドであり、その中枢作用 はCCK−8よりさらに強力である。

このようなCCK−8あるいはceruletideが、精神医学、とくに生物学的精神医学や精神薬理学の分野から熱い熱い期待が寄せら れるようになったのも不思議ではない。精神分裂病の病因仮説として有力視されているドパミン活動亢進説やエンドルフィン代謝 異常説を発展させる手掛かりとなる可能性が考えられるからである。

しかし、これらのペプチドが直ちに、精神分裂病の治療薬となりうるかどうかは単純な問題ではない。生化学的な成果から治療薬 としての有効性が推定されて臨床で試用される化合物は多いが、期待が次第にしりすぼまりになり、消え去る化合物もまた枚挙に いとまがない。とくに基礎的研究のトピックスとされるような知見に基づくものであると、治療効果の評価に意識的、無意識的な バイアスが入りやすく、最終結論が必要以上に遅延しがちで、開発経費はもとより被験者への負担の増大を招くことが大きな問題 であろう。

ceruletideもこのような話題性に富むが、治療効果の予測の難しい化合物の1つであった。しかし、開発の比較的早い段階から 全国組織としての研究会を結成し、有効性と安全性の検討に慎重かつ計画的に取り組んだのは、まことに賢明であったといわねば ならない。また、第T相、早期第U相を経て後期第U相へと進んだが、この段階で十分な試験計画のもとに厳密かつ詳細な比較 試験が実施されたことにも注目してよい。その結果は収載された論文のとおりである。精神分裂病に対する臨床的有用性は見出し えなかったとする結論であるが、プラセボを対照においているので、前臨床への回答としても貴重であり、説得力があるように思われる。

この号の総説で大森氏の紹介にあるように、医薬品開発の最初期の段階で行われるLD50を求める急性毒性試験についても、動物 愛護、経済、毒性評価法などの面から試験法の改革が求められる時代となっている。難治性疾患における基礎的研究は今後も 一層の発展が期待されるが、その知見の臨床応用にあたっては、とかくすると起こりがちな心理的なバイアスなどによる患者への負担、 時間や経済の浪費をできるだけ避ける努力が必要であろう。(S. M.)

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